東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)72号〔2〕 判決 1990年9月27日
原告
全造幣労働組合
右代表者中央執行委員長
平田定男
外29名
右原告ら訴訟代理人弁護士
清水洋二
同
大熊政一
右訴訟複代理人弁護士
笹岡峰夫
被告
大蔵省造幣局
右代表者造幣局長
松田篤之
被告
国
右代表者法務大臣
梶山静六
右被告ら指定代理人
青野洋士
同
兼行邦夫
同
山中正登
同
原浩
同
廣瀬和代
同
延裕次
同
高本正広
主文
一 原告全造幣労働組合の被告大蔵省造幣局及び被告国に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告全造幣労働組合を除くその余の原告らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実(略)
理由
一 被告らの本案前の主帳について
1 原告組合は、本件六月協約及び本件一二月協約に基づく履行義務確認の訴えについて、被告を造幣局から国に変更する旨の任意的当事者変更の申立てを行っているが、任意的当事者変更は、新訴の提起と旧訴の取下げとが同時にされているものと解するのが相当であり、その要件、効果はそれぞれの規定によって別個に判断すべきものである。
これを本件についてみると、国を被告とする新訴の提起については、手数料が納付されていないから(原告組合は、任意的当事者の変更においては、訴訟経済の見地から、新訴の提起について手数料の納付を要しないとしている。)、不適法であり、造幣局を被告とする旧訴の取下げについては、同被告の同意がないから、取下げの効力を生ずる余地がなく、また、旧訴は、独立の法人格を持たない国の一行政機関である造幣局を対象とすることが明らかであって、当事者能力を有しない者に対する訴えとして不適法である。
2 原告組合は、造幣局と国とは実質的な当事者が同一であり、労働協約上の履行義務という法律関係の面でも全く同じで、請求の基礎が同一であるとして、任意的当事者変更が認められるべきことを主張するが、当事者の変更を認める行政事件訴訟法一五条のような明文の規定がない民事訴訟法のもとでは、新訴の提起と旧訴の取下げの双方の要件を具備しない限り、当事者を便宜的に変更することは許されないというべきである。
3 次に、原告組合は、予備的に、訴状の被告の表示を造幣局から国と訂正することを申し立てているが、本件では、原告組合が独自の見解に基づいて造幣局を被告とする訴えを提起したもので、被告の表示に誤記があるとか又は明瞭を欠くという場合ではないから、当事者の表示の訂正が問題となる余地はない。
4 したがって、造幣局及び国を被告とする原告組合の本件六月協約及び本件一二月協約に基づく履行義務確認の訴えは、いずれも却下を免れない。
二 原告組合員らの請求原因について
1 請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがなく、請求原因4の事実のうち、昭和五七年六月一〇日に別表「昭和五七年六月における期末手当及び奨励手当の内払額」欄記載の金員が、同年一二月四日に別表「昭和五七年一二月における期末手当及び奨励手当の内払額」欄記載の金員が、それぞれ、原告組合員らに支給されたことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告組合員ら主張の本件停止条件付合意について検討する。
原告組合員らは、本件六月協約及び本件一二月協約においては、公労委の仲裁裁定が国会で承認され、原告組合と造幣局との配分交渉が妥結して組合員の新基準内賃金が確定したときは、新基準内賃金を算定基礎として計算した昭和五七年六月及び昭和五七年一二月の期末手当及び奨励手当の額と既払額との差額を追加支給する旨の停止条件付合意が成立したもので、右各協約の基礎となった本件基本協約の三四条二項及び三五条二項に「受けるべき俸給の月額」とあるのが右合意が成立したことを示す条項であると主張する。
そして、証人北野勝紀、同高島克彰の各証言中には、右主張に符合する部分がある。
(1) (証拠略)によれば、本件基本協約の三四条二項には、「期末手当の額は、それぞれその基準日現在において職員が受けるべき俸給、扶養手当及び調整手当の月額の合計額に、基準日以前三か月以内の期間におけるその者の在職期間の区分に応じて、別に定める割合を乗じて得た額とする。」との規定があり、三五条二項には、「奨励手当の額は、それぞれその基準日現在において職員が受けるべき俸給、扶養手当及び調整手当の月額の合計額に、基準日以前六か月以内の期間におけるその者の勤務期間に応じて、別に定める割合を乗じて得た額とする。」との規定があり、いずれにも、「受けるべき俸給の月額」との文言が使用されていること、そして、本件六月協約及び本件一二月協約は、本件基本協約に基づいて、期末手当及び奨励手当の具体的な算定方法を定めたものであることが認められる。
しかし、本件基本協約は、その形式及び内容から明らかなように、職員の格付、等級、昇格、昇給、俸給及び手当の種類、算定基準、支払方法等について規定したそれ自体が完結的なものであって、もともと、仲裁裁定に基づく新基準内賃金の確定とかその遡及適用とは関係がないものであるし、(証拠略)によれば、本件基本協約に基づいて締結された本件六月協約及び本件一二月協約のいずれにも、将来、仲裁裁定の国会承認を受けた配分交渉が妥結して組合員の新基準内賃金が確定した場合を予想した条項は全く存在しないことが認められるから、本件基本協約の三四条二項及び三五条二項に「受けるべき俸給の月額」との文言があるからといって、原告組合員ら主張のような停止条件付合意の成立を表現したものと認めることはできない。
(2) のみならず、原告組合員らの主張によれば、毎年一二月における期末手当及び奨励手当の支給に関する協約は、配分交渉が妥結して新基準内賃金が確定した後に締結されるのが通常であったというのであるから、その限りでは停止条件付合意の必要はない筈なのに、本件基本協約の三四条二項及び三五条二項には、毎年六月における期末手当及び奨励手当と一括して、「受けるべき俸給の月額」との文言が使用されている(<証拠略>昭和五一年一二月一日締結された、給与体系の実施に関する協約の一部改正に関する協約の三四条二項及び三五条二項も、同様であることが認められる。)反面、(証拠略)によれば、例外的に配分交渉が妥結して新基準内賃金が確定するよりも前に締結された本件一二月協約には、「受けるべき俸給の月額」との文言はもとより、将来の配分交渉による新基準内賃金の確定を前提とした何らの条項も含まれていないことが明らかであって、「受けるべき俸給の月額」の文言に原告組合員ら主張の意味を認めるのは、いかにも不自然である。
(3) 原告組合員らは、一般職の職員の給与等に関する法律一九条の三第二項、一九条の四第二項の各条項、差額支給の実情及び昭和五六年度に期末手当及び勤勉手当の差額支給をしなかった場合における読み替え規定の新設等について主張するが、一般職の職員の給与等に関する法律は、給与額の決定につき当事者能力のない一般職の国家公務員に関するものであるから、たとえ、同法律に「受けるべき俸給の月額」の文言があり、俸給月額が改定されそれが遡及適用される場合には支給済みの期末手当及び勤勉手当についても改定後の俸給月額に基づき差額精算がされてきたとしても、これをもって、本件停止条件付合意の根拠とすることはできない。
(証拠略)によれば、一般職の職員の期末手当及び勤勉手当については、一般職の職員の給与等に関する法律一九条の三第二項、一九条の四第二項に「受けるべき俸給の月額」との文言があることから、休職者或いは懲戒処分等のため俸給を減ぜられている者についても、これを考慮することなく、その者が本来受けるべきである俸給月額を基礎として算定する扱いがされていることが認められる。また、一般職の職員の期末手当及び勤勉手当について原告組合員ら主張の読み替え規定が新設されたことは、改定された俸給月額が遡及して適用される場合でも、特別の規定を設けることによって、期末手当や勤勉手当には跳ね返らせない取扱いが可能であることを示すものということができる。
(4) もっとも、造幣局の職員については、昭和三二年から二〇数年にわたって、毎年六月における期末手当及び奨励手当の支給に関する協定が締結される時点では新基準内賃金についての配分交渉が妥結していないので旧基準内賃金に基づく期末手当及び奨励手当がまず支払われ、その後に配分交渉が妥結して新基準内賃金が四月一日に遡って適用されることが確定すると、旧基準内賃金に基づく既払額と新基準内賃金額に基づく期末手当及び奨励手当の額との差額精算が行われ、また、通常は配分交渉が妥結して新基準内賃金が確定した後にされる毎年一二月における期末手当及び奨励手当の支給に関する協約では、当然に新基準内賃金に基づく期末手当及び奨励手当が支払われてきたことは、当事者間に争いがない。
原告組合員らは、この差額精算の事実は、差額支給についての事実たる慣習として個々の労働契約の内容になっているとか、又は、原告組合員らと造幣局双方の規範意識に支えられた労使慣行として労働協約か就業規則に準じた効力を有するものと主張する。しかし、前述したとおり、毎年六月、一二月における期末手当及び奨励手当の支給に関する各協約ないしその基礎となった本件基本協約の中に、原告組合員ら主張のような差額精算の根拠となる条項があるとはいえないし、新基準内賃金が遡及して適用されるかどうか、また、遡及して適用されるとしてその範囲をどうするかは、団体交渉及びこれに基づく労働協約によって決定されるべきものであること後記3のとおりであるから、右争いのない状態が継続してきたことは、明示的である否かは別として、そのような合意が成立していたためと解するのが相当であって、期末手当及び奨励手当の支給という基本的な労働条件について、合意の有無に関係なく、主張のような事実たる慣習ないし規範的効力を有する慣行が成立することは認められないというべきである。
(5) また、昭和五七年度の政府予算案の大蔵省造幣局特別会計予算において、一パーセントの給与改善費が仲裁裁定の実施に基づく賃上げ改善分として計上されており、その給与改善費の中には、基準内賃金の改善分だけでなく六月及び一二月における期末手当及び奨励手当を含む諸手当の差額支給分をも含めた額が計上されていることは、当事者間に争いがない。
しかし、予算案に六月及び一二月における期末手当及び奨励手当を含む諸手当の差額支給分をも含めた額が計上されたのは、諸手当の差額支給が行われることが決定された場合に備えて、そのための財源措置として計上されたものにすぎず、このことをもって造幣局が差額精算が行われなければならないとの認識を持っていたことの根拠とすることはできない。
(6) したがって、証人北野勝紀、同高島克彰の証言中、原告組合員らが主張するような差額精算の合意が成立したとの部分は、採用することができず、他に右の合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
3 そして、公労法八条は、「賃金その他の給与」を団体交渉の対象とし、そこでの合意について労働協約を締結することを認めているのであって、このような公労法の趣旨からすれば、期末手当及び奨励手当の支給に関する協約の締結後に仲裁裁定を受けた配分交渉が妥結して基準内賃金が改定された場合に、新基準内賃金を遡及して適用するか、また、遡及して適用するとして期末手当及び奨励手当にも跳ね返らせるかどうかは、まさしく「賃金その他の給与」に関するものとして、配分交渉その他の団体交渉によって決定されるべきものと解される。もっとも(証拠略)によれば、昭和四八年から昭和五七年までの仲裁裁定は、いずれも、基準内賃金を四月一日に遡って引き上げるというものであったことが認められるから、このような仲裁裁定のもとでは、新基準内賃金そのものの遡及適用を否定することは許されないが、新基準内賃金を期末手当及び奨励手当にも遡及して適用するかどうかは、仲裁裁定とは関係がなく、配分交渉その他の団体交渉によって労使が自主的に決定し得るというべきである。
昭和三二年から昭和五六年までは、新基準内賃金の遡及適用が確定すると支払済みの諸手当についても一律に新基準内賃金に基づく差額の精算が行われてきたことは、前記のとおりであり、証人北野勝紀、同高島克彰の証言によれば、配分交渉においても、新基準内賃金を期末手当及び奨励手当に跳ね返らせるかどうかが問題となったことは、その間に一度もなかったことが認められるが、右にみたところに鑑みれば、それは、仲裁裁定に従って新基準内賃金の遡及適用を決定した配分交渉において、特にその範囲を限定するような合意もなく経過してきたことの結果であって、新基準内賃金を期末手当及び奨励手当に跳ね返らせることの黙示の合意が成立していたためと解するのが相当である。いいかえれば、基準内賃金を算定の基礎とする期末手当及び奨励手当の支給協約が締結された後に、基準内賃金が改定されて遡及適用されることとなった場合には、特に遡及適用の範囲を制限する合意がない限り、新基準内賃金が期末手当及び奨励手当にも跳ね返ってその算定の基礎となることは、いわば当然の結果であって、このような制限の合意のないことが、すなわち、新基準内賃金を期末手当及び奨励手当にも跳ね返らせることの黙示の合意にあたると解されるのである。
そして、このことは、労使間で特別の合意をすることによって、新基準内賃金についての遡及適用の範囲を特定の手当のみに制限することも可能であることを意味する。
4 そこで、右にみたところを踏まえて、本件六月協約及び本件一二月協約の締結後に仲裁裁定の国会承認を受けてされた配分交渉において、新基準内賃金を遡及して適用するか、また、遡及して適用するとしてその範囲をどうするかについて、いかなる合意が成立したかをみることとする。
(証拠略)を総合すれば、昭和五七年の配分交渉は同年一二月一一日ころから行われたが、この交渉の中で、造幣局は、新基準内賃金そのものは遡及させるが、昭和五七年六月及び一二月における期末手当及び奨励手当については遡及適用の対象から除外したいとの提案を行ったこと、この提案に対して、原告組合は、受け入れることができないとして強く反対したものの、造幣局がこの提案が入れられない場合には新基準内賃金の遡及分についても年内の差額精算は行わないとの態度を示したため、原告組合は、年内の差額精算を実施するには造幣局の右提案を受け入れるほかはないとの結論に達したこと、そして、更に交渉した結果、造幣局と原告組合とは、配分交渉に基づく本件一部改正協約の締結と同時に、同じ場所で、「本件一部改正協約の実施に関し、次のとおり付属覚書を交換する。」との見出しのもとに、「改正後の協約は、この協約に定める俸給及び扶養手当を支給する場合並びに昭和五七年度においての六月及び一二月における期末手当及び奨励手当以外の手当を算定、支給する場合に限り適用するものとする。」として、期末手当及び奨励手当を遡及適用の範囲から除外することを記載した本件付属覚書を締結し、このような経過を経て新基準内賃金の遡及分についての年内精算が行われたことが、それぞれ、認められる。
5 原告組合員らは、この点について、本件付属覚書と同時に同じ場所で本件確認事項が締結されているところ、本件確認事項には、「付属覚書の交換にあたり、次のとおり確認する。」との前文のもとに、原告組合の発言として、「この覚書は交換するが、このことはあくまでも、当面年内に精算支給を行うためであり、六月及び一二月における期末手当及び奨励手当にはね返さないということについて了解するものではない。」との記載があり、これを本件付属覚書と合わせて読めば、本件覚書記載の内容については、当事者の意思の合致がなく、合意は成立していないと主張する。
しかし、(証拠略)によれば、配分協定に基づく本件一部改正協約には、「この協約は、昭和五七年一二月二三日から施行し、昭和五七年四月一日から適用する。」との規定があるのみで、遡及適用の範囲をどうするかについては何らの規定もないことが認められる上、本件付属覚書が本件一部改正協約と一体のものとして締結されたものであることは、両文書の体裁及び内容によって明らかであるから、少なくとも、原告組合としては、配分協定に基づく新基準内賃金の遡及適用の範囲については本件付属覚書記載のとおりの合意をしたものと解するのが相当である。造幣局が、期末手当及び奨励手当を遡及適用の範囲から除外することを新基準内賃金の遡及分についての年内精算の条件としており、この点の交渉の結果として本件付属覚書が締結され、かつ、現実にも遡及分についての年内精算が行われたことを勘案すると、原告組合としても、本件付属覚書の内容を合意したものと解するのが当然であって、本件付属覚書の締結が、年内精算の利益を享受するための単なる形式ないし口実であって、真意に基づかない虚偽のものであったなどとは、到底、考えられないからである。
もっとも、本件確認事項には、原告組合員ら主張のとおりの記載があり、かつ、記名、捺印者がその主張のとおりであることは認められるが、その内容からすると、造幣局と原告組合のそれぞれの発言が併記されているのみで、両者の合意を含まないことは勿論、本件付属覚書記載の合意を破棄することを示すらか(ママ)であり、したがって、その請求はいずれも理由がないことになる。
三 よって、原告組合の本件訴えをいずれも却下し、原告組合員らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 太田豊 裁判官 田村眞 裁判官 山本剛史)